💐 この記事には、稽留流産の経験について書いています。 今つらい状況にある方、心がしんどいときは、どうか無理して読まないでください。読むのをやめても、また別の日に来ていただいても大丈夫です。
「心拍が確認できないね。」診察室でその言葉を聞いたあと、頭が真っ白になったまま家に帰ったことがあります。
私は数年前、稽留流産を経験しました。妊娠9週。夫と名前の候補を出し合っていた、その最中のことでした。
この記事では、心拍を待ち続けた日々、名前を決めてお別れした日、そしてそこから「やっぱり自分は子どもが欲しいんだ」と気づくまでを、正直に綴ります。理学療法士として体の仕組みを学んできた私が、それでも一人の当事者として感じたことです。
同じ経験をされた方、いま診断を受けたばかりで何が起きているのか分からない方に、少しでも寄り添えたら嬉しいです。大丈夫ですよ、とは軽々しく言えません。ただ、こういう道をたどった人もいる、ということを知ってもらえたらと思います。
※本記事は個人の体験・感想です。医学的な判断や治療については、必ず主治医にご相談ください。
「今回はダメかもしれない」と言われてから
妊娠が分かった日から、私は毎日アプリに日記をつけていました。健診でエコー写真をもらうたびに、それも保存して。生まれてくる日を、当たり前のように思い描いていました。
けれどある日の健診で、医師から「今回はダメかもしれない」と告げられました。
それでも、何度も病院に通った
その日から、私は何度も受診しました。次こそは、次こそはと思いながら。
きっとこの子はマイペースなんだ。そう思っていました。ゆっくりな子なんだ、そういう性格なんだ、と。心の中で何度も話しかけました。
「心拍鳴らなきゃ、お腹から追い出されちゃうよ。頑張って鳴って」
今思えば、祈りというより、必死のお願いでした。エコーの画面を見つめながら、何度もそう願いました。
夫とは、名前の候補をいくつも挙げていました。あれがいい、これもいいねと言い合った時間が、そのときはまだ続くものだと思っていました。
診断されてから、手術までのこと:私の場合
当時の私が知りたくてたまらなかったことを、事実だけ書いておきます。
- 診断された後も、ずっとつわりは続きました。 体はまだ「妊娠している」と思っているのだと知りました。心と体がバラバラに感じた時期でした
- 自然排出を待つ選択をして、約2週間。いつ始まるか分からないまま日常を過ごすのは、思っていたより消耗しました
- 結局、自然排出は起こらず、予定していた手術の日を迎えました
いま同じ状態で「なぜ?」と思っている方へ。それはおかしなことではありません。 どの選択をするか、どのくらい待つかは体の状態によって違います。私の例は一例として、必ず主治医とご相談ください。
名前を決めて、お別れした日
結局、心拍が確認されることはありませんでした。手術を受けることが決まったとき、私たちは名前を決めました。
会えないと分かってから名前を決めるなんて、他の人から見たら不思議かもしれません。でも、名前のないままお別れするのは、どうしてもできませんでした。
手術日も私の場合は2週間後と、かなり先延ばしにしてもらいました。それだけ認めたくなかったし、つわりも続いてるし、希望を捨てたくなかった。「自然の流れに任せたい。」と先生に伝えて。ただ、何が起こるか分からない不安で毎日ビクビクしていました。
手術台の上で、私は泣いてしまいました。理由は単純で、この子と離れるのが嫌だった。ずっとお腹の中にいてくれた存在が、これでいなくなってしまうのが、ただ悲しかった。
処置が終わって病院を出るとき、私は心の中で唱えました。
「ありがとう、○○。怖がりな私だから最後まで一緒にいてくれたんだね。」
それが、私たちのお別れでした。
失ってから、気づいたこと
不思議なことに、あの経験が私にはっきり教えてくれたものがあります。
「やっぱり私は、子どもが欲しいんだ」
それまでの私は、基礎体温をつける程度で「そのうち授かるだろう」くらいの気持ちで、日々を過ごしていました。でも失って初めて、自分の本当の気持ちを知りました。こんなにも欲しかったんだ、と。
その気づきが、私を不妊治療へと進ませました。あの経験がなかったら、私はまだ「そのうち」と言いながら、何もしないままだったかもしれません。
あの子がくれたもの
時間が経って、いま思うことがあります。
あの子は、私に妊娠の予行練習をさせてくれたのではないか、と。つわりのこと、体の変化、健診に通う生活。何も知らなかった私に、たくさん体験させてくれました。
そしてもうひとつ。私は妊娠できる体なんだ、ということを確認させてくれました。不妊治療という長い道のりに進むとき、この事実がどれだけ支えになったか分かりません。
もちろん、こんなふうに思えるまでには時間がかかりました。当時は感謝どころではなかったし、「意味があった」なんて言われたら腹が立ったと思います。だから、いま渦中にいる方に「感謝しましょう」なんて絶対に言いません。これは何年もかけて、ようやく少しずつ思えるようになったことです。
今も、あの日記は見返せない
アプリは、今もスマホに入っています。消していません。
でも、当時の日記は見返せないままです。開こうとすると手が止まる。エコー写真も、そこに保存されたままになっています。
「乗り越えた」とは、たぶん言えません。でも、それでいいと思っています。
前を向いて歩けているし、不妊治療も続けている。それでも見返せないものがある。それは矛盾ではなくて、そういうものなんだと思うようになりました。
同じ経験をされた方へ
最後に、いま同じ場所にいる方へ。医学的なことは主治医にお任せするとして、当事者として感じたことをいくつか書かせてください。
体の回復と、心の回復は速度が違います
仕事柄、体の回復について考える機会が多いのですが、体の回復と心の回復はまったく別のペースで進みます。
体は診察で「もう大丈夫ですよ」と言われる日が来ます。でも心はそのタイミングでは戻りません。それは回復が遅いのではなく、そういうものだからです。体が元気になったのに気持ちが晴れない自分を、どうか責めないでください。
周りの言葉に傷ついても、あなたが繊細すぎるわけじゃない
「まだ若いから大丈夫」「よくあることだよ」「次があるよ」。悪気のない言葉ほど、深く刺さることがあります。私自身、ここには書けないような心無い言葉も受けました。
傷つくのは、あなたが弱いからでも、考えすぎだからでもありません。大切なものを失ったのだから、傷つくのが自然です。大丈夫なわけない。それでいいと思います。
次に進むタイミングは、人それぞれです
すぐに次を考えられる人もいれば、時間が必要な人もいます。私は後者でした。
「早く切り替えなきゃ」と焦らなくて大丈夫です。あなたのペースが、あなたにとっての正解です。もし気持ちがつらい状態が続くようなら、産婦人科や心療内科、自治体の相談窓口など、専門の方に話を聞いてもらうという選択肢もあります。一人で抱えなくていいんです。
まとめ
あの子と会うことはできませんでした。名前を呼べたのは、お別れの日だけでした。
それでも、あの子が私のところに来てくれたことは、私の人生の大きな一歩だったと思っています。私に「本当に欲しいもの」を教えてくれて、母親になる練習をさせてくれて、そして今も私を前に進ませてくれている。
今つらい方に、無理に前を向いてほしいとは思いません。ただ、こういう道をたどった人もいるということが、どこかで少しでも支えになれば嬉しいです。
※本記事は個人の体験・感想をもとにしたものです。 ※医学的な判断・治療については、必ず主治医にご相談ください。 ※症状や経過には個人差があります。 ※心身の不調が続く場合は、医療機関や専門の相談窓口にご相談ください。
体のトリセツ — Life Glow 運営者
